つれづれ日記

日々のつれづれな事を書いていこうと思います。

2011年3月11日なにしてた?

あの日は、末っ子とお兄ちゃんを幼稚園へ

迎えに行って、帰ってきてすぐの出来事でした。

 

私の家は愛知県ですので

震度4という揺れでしたが・・・

いつもの地震とは明らかに違いました。

 

最初、私は自分が眩暈を起してるんだと

思いました。大きく、目の前が円を書くように

ぐるぐる回ってる感覚でした。

 

あ、このまま私倒れるかも・・・って

ホントに思ったんです。

 

でも、なんか微妙に違和感があって

家を見回したとき・・・

ペンダントライトが大きく揺れてることに

気がついて、地震だ!!!って思いました。

それからは、一気に背中が寒くなりました。

今まで経験したことのない揺れでしたから。。

これは、いかん・・・!!って思ってすぐ

子供たちを外に連れ出しました。

揺れがおさまるまで、道路の真ん中で

座り込んだのを覚えています。

(家は、一本入った所なので

ほとんど車は通らない場所でした)

 

逃げ出すまでは、ほんの数十秒の出来事でした。

その後、揺れがおさまるまでは

すごく長かった覚えがあります。

 

揺れがおさまった後、TVをつけると

津波警報が出されてました。

ダンナからも、無事?と電話をもらって

無事だよと話をしてから

実家も気になったので連絡。

 

実家は三重ですので

岩手や宮城と似た地形の場所です。

 

心配してましたが、実家の方は揺れは小さく

全然気がつかなかったとのことでした。

TVでは、津波の情報などが

飛び交っていて、母は外出中でしたので

海には近づかないほうがいいよと話し

電話を切ったのを覚えています。

 

 

三重は、ずーっと海岸線に細長い場所なので

 

津波について、子供のころに

少し勉強したような記憶があります。

祖父母にも聞いた記憶があります。

稲むらの火」という物語も

子供のころ聞いたのか見たのか

覚えてませんが、物語が記憶に残っています。

 

3.11のあの日の地震に、すごくイヤな恐怖感を

持ったのは、この「稲村の火」の中に

「長い揺れの地震の後は、津波がくる」という

文を頭のずーっと奥の方で

覚えていたのかもしれません。

その瞬間に、「稲むらの火」を

思い出したわけではないですが汗



将来、自分の故郷でも

同じようなことが起こるかもしれない。

もしかしたら、自分達が海まで遊びに行ってるとき

そんな時に起こるかも・・・。

 

あの3.11の時の感覚をしっかり忘れず

逃げられるようにしたいと思っております。

そして、後世の世にも この出来事を

残していけたら・・・

きっと人への被害が減ると思いたい。

子供や孫と・・・自分の言葉で

伝えられたらいいなと思っております・・・。

 

ちなみに、地震の教訓にもなると思います。

子供にもすっと入ってくる内容の物語ですので

一度、「稲むらの火」を子供に読んであげてくださいね!

日本昔話でも紹介される短い物語ですが

島国日本にとって、防災を学べるお話です。



では!コレにて今日は失礼しますまたね

 

 

 

 

  

 

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